【当日の様子】
ロンドンマラソン史上、最も暑い1日となりました。
4月だというのに真夏日が続いていたロンドンでは、ロンドンマラソンの数日前から、配る水の量を増やすなどの緊急対策が打ち立てられ、(先日、行われたロッテルダムマラソンは、暑すぎて、一般の部は取りやめになったようです。)私も、日焼け止め、サングラス、帽子、短パンなど、例年のとは違う服装の準備をすることになりました。
午前9時45分にスタートをしたときには、すでに暑くなりはじめており、例年のようにチャリティーのために着ぐるみを着ている人は、今年は圧倒的に少なかったです。最初のハーフは、できるだけ疲れないように走ろうと思い、なるべく日陰を選んで、常に水を持って頭、首、腕に時々振りかけながら1時間11KMのペースメーカーの後ろについて走りました。毎年、20KM付近から両ひざが痛くなるので、今年は、右足だけにサポーターをつけて走っていたところ、右足は好調、左足が痛くなってきたので、サポーターを左足につけかえましたが、そのときは、すでに遅し。左膝はびっこを引くほど痛くなっていました。(サポーターを両方につけると暑そう、素人が適当に選んだ安いものは、サイズがあっているはずはなく、かえって血のめぐりが悪くなるかもしれないので、一つでいいやと思ったのですが、こんなことならはじめから両方につけておけばよかった・・・)
はじめのハーフは、悪くないペースだったと思うのすが、それでも、給水スタンドでは、早いランナーが水を使い切り、私たちのペースのランナーの時には水が不足しはじめており、消化水を開けたり、沿道の家がホースでランナーに水を振りかけてくれたり、紙コップで水を配る観客が現れ始めました。ランナーも、観客がペットボトルの水を持っていると、水がほしいと走りよる人がでてきました。(4月のロンドンがこんなに暑いとは、誰が想像するでしょうか!) ハーフを過ぎると、左膝がコチコチになり走ることはできなくなったので、ひたすら早足に徹するという昨年までのパターンに陥りました。
14マイル付近に、ビジネスパラダイムのITの神様、C女史の家があるのですが、お子さんのQちゃんと共に、暑い中、沿道で応援をしてくれていました。がんばらねば、と思いつつ、ひたすら早足に徹しました。16マイル付近のパブ(自宅近辺)では、今年も近所に住むErikが応援をしてくれていましたが、早足もきつくなってきました。(ああ、もう、このまま家に帰りたい・・・)
18マイル付近で、「Shoko!」という声がしたので振り返ってみると、同じロータリークラブのランナー、Fredrickでした。もうすぐ他のロータリークラブのメンバーが沿道警備をしてくれているところに着くので、このままFredrickと少し走ろうかと思ったのですが、ゆっくりと走っているFredrickにもついていくことができず、Fredrickの後姿を見送りました。(ああ、情けない・・・) 19マイル付近で、ロータリークラブの次期会長Bart、現幹事のTomに弱音を吐いたあと、後7マイルのゴールをひたすら目指します。この7マイルは本当に長いのです。(いつものトレーニングだったら1時間ぐらいで走ることができるのに、2時間もかかるのです・・・)
あと、600メートル、あと400メートル、あと200メートルという表示が見えても、もう1歩も走れません。沿道の人が「もうちょっとよ!」と声をかけてくれますが、隣のランナーと、「そんなこと言われててもねぇ・・・」と苦笑しながら、ゴール!
私の場合、この後が一番怖く、極限まで疲れているときに、帰りの混雑した地下鉄にのって気分が悪くなり、今年も救急車のお世話になることになったら・・・、という不安が頭をよぎります。メダルと荷物を受け取った後、靴と靴下を脱いで横になって木陰で一休み。この頃、テムズクリッパーという高速フェリーが自宅前から、ロンドン中心部の間を走っていることを知り、休日はこれで出かけることが多いのですが、この日もフェリーのオープンエアのところに座って帰れば気持ち悪くならないだろうと思い、サボイ・ピアに向かいました。ピアにいくと、3時間42分で走り終え、友人とパブで飲んでいたIan(同じくロータリークラブからの2005/2006/2007年ロンドンマラソンランナー)が、ちょうど自宅に帰るところで、これで安心、デッキに座って参加者記念バッグの食べ物を食べあさりながら帰途につきました。
応援/協力をしてくださいました皆様には、ここに心よりお礼を申し上げます。本当にありがとうございました。
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